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人的資源管理技術分野のキーワードを詳細解説!【技術士のHOTワードWeb 第8回】
「総合技術監理部門」の合格につながる
2024.11.26
第8回
キャリアオーナーシップ、組織コミットメント、教育訓練技法(ブレインストーミング、ケーススタディ、インバスケット、ロールプレイングゲーム)
技術士における21の技術部門のなかで、一線を画すカテゴリーである総合技術監理部門。時々刻々と変化する最新テクノロジーの知識を吸収する専門性だけでなく、さまざまな分野を総合的に判断できるマネジメント能力も求められる。まさに、スキルアップのために取得する部門だ。
本連載は、総合技術監理部門の試験に必要な「キーワード集」(文部科学省が公表)のなかから、HOTなキーワードを徹底解説するものである。今回は人的資源管理技術分野から3つのキーワードを取り上げる。
(1)キャリアオーナーシップ
キャリアオーナーシップ(Career Ownership)の「キャリア」とは、狭義では「経歴」や「職歴」を指すが、より広義には「人間が生涯を通じて仕事や社会と、どのように関係していくのか」という人生を指す概念としてとらえられる。
仕事や社会との関係のなかで大切なことは、人に対する「人としての振る舞い」であると筆者は考える。社会のため、人々のためにとの信念を持って人と接する「誠意」は、時間の経過とともに相手に通じないわけがない。そして、それが「信用、信頼」に変化していく。
企業活動として「利」の価値を追求するのはいうまでもないが、職場環境の美化などを第一歩とする地球環境の改善活動、人々の幸福のため、平和、繁栄のための倫理的な行動なども「キャリアの大切な要素」である。
サン=テグジュペリ(1900~1944年)の小説『星の王子さま』に「大切なものは目にみえない」とあるが、「誠意」「信頼」「倫理」などは目にみえない。「知識」「技術」「経験に基づくノウハウ」などもみえにくい。これらを目にみえる「バウチャー(証拠書類、帳票)」として所持することは、短時間で人材価値があるか否かを判断する基準になる。名刺や履歴書に「技術士資格」を記載することは「技術者倫理を問われる国家試験に合格し、継続研鑽と人材育成に努めている(技術士倫理綱領の一部)」の証左(バウチャー)になると筆者は確信している。
「オーナーシップ」とは自分自身を主体的にマネジメントし、責任を持って築き上げていく考え方や行動のことである。従来は会社が従業員のキャリアを管理してくれるという考えがあった。キャリアオーナーシップにおいては、自身が自分のキャリアのオーナー(経営者)になって、自分自身の成長と発展のためにマネジメントし、キャリア形成に積極的に取り組むことを意味する。
①キャリアオーナーシップの特徴
キャリアオーナーシップの特徴を表1に示す。
②キャリアオーナーシップのメリット
表2にキャリアオーナーシップのメリットを記す。市場価値の向上としては、賃金などの金銭的報酬だけではなく、社会的信用、社会貢献、自己実現などの報酬がある。筆者は企業の定年後に大学教授として、技術参考書の執筆者として、青年の育成に金銭価値以上の大きな生きがいを感じている。
厚生労働省が2021(令和3)年に行った「雇用動向調査」によると、転職入職者の賃金変動状況は、前職の賃金と比べて「増加」した割合は34.6%、逆に「減少」した割合は35.2%となり、「変わらない」の割合は29.0%という結果であった。年代によっても年収増減の傾向は異なるが、全体では年収アップ転職と年収ダウン転職の割合に大きな差はないようだ。
なお、「賃金増加」のうち「1割以上の増加」は23.7%、「減少」のうち「1割以上の減少」は26.3%である。
③キャリアオーナーシップの実践
キャリアオーナーシップを実践するためのポイントを表3に示す。特に、5と6は重要である。人脈や師匠などは自分が思う以上に、こちらのことをみてくれているもの。キャリアオーナーシップにおける「社外取締役」のような存在だ。筆者は、同窓会や地域のコミュニティ、技術士のコミュニティ、趣味のコミュニティへの参加を積極的に行っている。
総監試験R6Ⅰ-1-15では、キャリアオーナーシップ(キャリア自律)やリスキリングについての選択肢の適切な記述として「キャリア自律とは、従来組織の視点で提供されていた人事の仕組み、教育の仕組みを、個人の視点からみたキャリアデザイン、キャリア構築の仕組みに転換するものである」と出題された。ほかに、キャリアコンサルタントの責務やリスキリング、自己啓発についてなどの選択肢があった。
なお、キャリア自律は厚生労働省や企業の人事教育部門などでも使用されている用語である。キャリアオーナーシップは、より広い意味で自分のキャリアに対する主体的な姿勢を指すのに対し、キャリア自律は組織との関係において、組織に依存せず、自己の意思でキャリアを決定、実行していくという、より具体的な取り組みを表す。
(2)組織コミットメント
組織コミットメント(Organization Commitment)は、以前から経営者、現場の実務者や研究者から注目されてきた。
組織コミットメントとは、従業員が所属する組織に対しての帰属意識や関係性を表す概念のことを指し、組織コミットメントが高い状態とは、従業員個々人と組織との心理的な距離感が近いことである。仕事の価値と自分自身の存在意義などの個人的価値が近い状態であれば、組織コミットメントが高い集団となる。
組織からみた組織コミットメントは、メンバーが組織に対して抱く帰属意識や愛着心のことで、これを高めることは組織マネジメントの目標として欠かせないものである。つまり、組織コミットメントの高い組織はメンバーが「自分は組織の一員である」という感覚を持ち、組織に貢献したい、組織で働きたいという強い気持ちを持っている状態を指す。
筆者はMLB(メジャーリーグベースボール)のテレビ中継をよく観戦し、日本人選手のみならず、メジャーリーガーのプレーに感動した。MLBではシーズン中(2024年の期限は7月31日まで)に首位打者などの主力選手を含む多くのトレードが行われた。トレードされた選手の活躍から、MLBチームの組織コミットメントマネジメント能力の高さを感じる。
筆者はアメリカ旅行中にMLBや3Aの試合観戦を楽しんだことがある。観客席やテレビ画面からだけでは、そのマネジメントへの大きなエネルギーをうかがい知ることは難しいが、組織側も個々の選手も弛まぬ努力をしているに違いない。
筆者は師と仰ぐ先生(故人)から受けた「仕事は三人前がんばるんだ」という指導を忘れない。「一人前の仕事でよしとすれば、自分に与えられた仕事だけをこなせばよいという『無責任な雇われ根性』になりかねない。大きな仕事を成し遂げるには、自分だけでなく、周囲にも目を配り、みんなの仕事がうまくいくように心を砕くことが大切である。また、後輩も育て上げなければならない。さらに、全体観に立ち、未来をみすえ、仕事の革新、向上に取り組むことも望まれる」という言葉を心に抱いて、いまも仕事を続けている。
筆者はアメリカのPMI(Project Management Institute)のPMP(Project Management Professional)資格に合格している。プロジェクトの初期段階での「チームビルディング」が重要視され、これはプロジェクト体制に人を割り振る行為ではなく、要員の組織コミットメントを高めることである。
①組織コミットメントの3つの要素
組織コミットメントは表4に示す情緒的(affective)コミットメント、功利的(continuous)コミットメント、規範的(normative)コミットメントの3つの要素から構成されている。文献によっては、カッコ内の呼称を採用している場合がある。
総監試験R4Ⅰ-1-14は、表5に示す組織コミットメントについての5つの記述から、最も不適切なものを選ぶ出題であった(正解は4)。
②組織コミットメントを高めるメリット
組織コミットメントが高い状態は、組織にとっても従業員にとっても、定着率の向上、生産性の向上、モチベーションの向上など、多くのメリットが期待できる(表6)。
③組織コミットメントを高める方法
組織コミットメントを高めるためには、表7に示すような取り組みが有効となる。
(3)教育訓練技法
●ブレインストーミング
ブレインストーミング(brain storming)は、集団でアイデアを出し合い、創造性を刺激し、新たな解決策や発想を生み出すための手法である。教育訓練の現場では受講生が主体的に学び、思考力を深めるために有効なツールとして活用されている。
①ブレインストーミングの特徴
表8にブレインストーミングの特徴を示す。
②教育訓練におけるブレインストーミングの目的
教育訓練におけるブレインストーミングの目的を表9に示す。
③ブレインストーミングの手順
ブレインストーミングの手順を表10に示す。
④ブレインストーミングを効果的に行うためのポイント
表11に、ブレインストーミングを効果的に行うためのポイントを示す。
⑤教育訓練におけるブレインストーミングの活用例
教育訓練におけるブレインストーミングの活用例を表12にまとめる。
ブレインストーミングの結果分析にはKJ法、マインドマップなど、さまざまな手法がある。これらの手法を組み合わせることで、より効果的にアイデアを創出することができる。図1にKJ法によるブレインストーミングの結果まとめの概要図を示す。
●ケーススタディ
ケーススタディ(case study)とは、文字どおり特定の事例(ケース)を分析し、そこから一般原則や教訓を引き出す教育訓練技法である。事例は成功事例と失敗事例に大別することができる。筆者も情報システムのシステムエンジニアとして失敗した経験がある。しかし、近視眼的にみての失敗も、誠心誠意、回復に取り組むことにより、長い目でみれば成功事例にすることができると確信している。
筆者は情報システムが異常停止してしまった事故などから多くのことを学び、ともに協力して事故に向き合った技術者との信頼のネットワークを築くことができた。上司から「事故は起こしても、事件にするな」と言われ、それを実践してきた。交通事故は事故だが、事故現場から逃げてしまえば事件になる。墜落した航空機や沈没した船舶から機長や船長が乗客を救助せず、真っ先に逃げ出した悪しき例もある。
逆に、苫小牧で起きたフェリーの火災事故では最後まで船にとどまる船長に、海上保安庁の船がスピーカーで「船に取り残された者はいない。船長も速やかに退去せよ」と呼びかけた。こうありたいものだ。
筆者が所属する技術士コミュニティでは、志向倫理委員会が主催する技術者倫理講習会でケーススタディを実施している。大学教授のときにも授業のなかでケーススタディを採用した。この取り組みのなかで、成功事例のケーススタディに重点を置いた。特に、学生は失敗事例の学習をすると萎縮しがちであることを実感したからだ。
①ケーススタディの目的
教育訓練におけるケーススタディの目的を表13に示す。
③ケーススタディの効果
教育訓練におけるケーススタディ実施の効果を表15に示す。
教育訓練の分野において、ケーススタディは効果的な学習方法のひとつである。具体的な事例を分析することで受講者は深い理解を得ることができるし、より実践的なスキルを身につけることもできる。ただし、研修課題のケーススタディ教材を作成し、受講者に適切な助言をするためには、講師側の努力、スキルと知識が必要になる。
●インバスケット
インバスケット(in-basket)は実務に近い状況下で受講者の能力を多角的に育成、評価できる効果的な教育訓練法である。特に、管理職候補者の育成やリーダーシップ開発に有効活用されている。
受講者は、ある組織の特定の役職(課長や部長など)に就いたと仮定して、制限時間内に、さまざまな業務についての書類やメールなどを処理するシミュレーションを行う。机の上の「未処理箱(インバスケット)」にたまった仕事を片づけるように、優先順位をつけながら、迅速かつ正確に判断し、行動することが求められる。
筆者が管理職になったときに、机上に未処理と既処理の2つの箱が置かれた。出張で不在が続いたあと、病気で有給休暇を取得したあとなどは、未処理案件の多さにストレスを感じることもあった。部下が緊急性の高いものを箱の上のほうに置いてくれたこともあったが、大部分は自分で優先順位をつけて処理することが必要だった。
①インバスケットの目的
インバスケットの目的を表16に示す。
②インバスケットの準備
インバスケットの準備事項を表17に示す。
●ロールプレイングゲーム
教育訓練技法におけるロールプレイングゲーム(RPG:roleplaying game)は、参加者が特定の役割(ロール)を演じ、設定された状況のなかで行動し、課題を解決していく学習方法である。教育訓練の分野では実際の業務や場面を模擬的に体験することで、実践的なスキルや知識を習得し、問題解決能力を育成することを目的として活用される。
筆者は企業のPMO(プロジェクトマネジメント・オフィス)のスタッフだったとき、アメリカの識者とともにプロジェクトマネジメントについての教育訓練用資料を作成した経験がある。そのとき、先方から真っ先に要求されたことがロールステートメント(role statement)やジョブディスクリプション(job descripton)であった。
職場のロールステートメントとは個々の従業員が、その役割において、どのような貢献を組織にするのかを明確に記述した文書のことである。その文書を、当時、筆者は作成したことも、みたこともなかった。先方からは「それがなくて仕事ができるのか?」と言われた。一般に、ロールステートメントには「職位、所属部署、業務内容、責任と権限、目標、評価基準、必要なスキル、経験、協働する関係者」などが記載されている。
①教育訓練におけるRPGの目的
教育訓練におけるRPG実施の目的を表18に示す。
②RPGの準備項目
表19に、RPGの準備項目を示す。
③RPGの効果
教育訓練におけるRPGの効果を表20に示す。
④RPGの活用シーン例
教育訓練におけるRPGの活用シーン例を表21に示す。
RPGは実践的なスキルを習得し、問題解決能力を育成するための効果的な教育訓練手法である。実際の業務を模擬的に体験することで、より深い理解と学びを得ることができる。総監試験には複数回の出題があった。R元Ⅰ-1-15では教育訓練の目的と、その技法を組み合わせる問題(表22)が出ていた。
[参考]
「技術者倫理教育の考察、実践と課題」技術士PE IPEJジャーナル 2024.5(No.689)
南野 猛著、公益社団法人日本技術士会、2024年
「40歳からのキャリアチェンジ─充実した人生を送るための求職・転職術」
楠山 精彦、和田 まり子著、NPO法人キャリアスイッチ編、経団連出版、2022年
「「40歳の壁」をスルッと越える人生戦略」
尾石 晴著、株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン、2022年
「「会社人間」の研究 組織コミットメントの理論と実践」
田尾 雅夫編著、京都大学学術出版会、1997年
文/南野 猛(技術士:情報工学、総合技術監理)